ターゲティングのコア
お客さんへの贈り物
さて、実はすでに冒頭で、「ひとのこころを動かす仕事だから楽しい」と書いてしまっているので、結論はそこなんですが、ここでは少し、私が、「買ってほしいお客さんを決めること」=ターゲット、ターゲティングをどのように考えているかについて触れながら書いていきましょう。
贈り物を贈る相手
みなさん、ご自身が親しい誰かを思い浮かべてください。仲の良い友人、恋人や家族、大切な誰か。そこで、私が、
「そのひとが喜んでくれる贈り物を考えてください」
とお願いすれば、おそらくほとんどの方は、何か思いつけるはずです。あいつは、こういうのが好きなんだよな、とか、あのひと、確かこういうのが欲しいって言ってたよね、この色が好きなはず、こういうものをあげると嫌がるのよね、とか、いろいろ考えられるはずです。どういう場面でどういう渡し方をすれば一番喜んでくれるかも想像できるはず。
さて、では、「あらゆるひとに喜ばれる贈り物を考えてください」と言われたらどうでしょう?困ってしまいますよね。そしておそらく、多くの方が「商品券」にたどり着いてしまうと思います。
世の中で最も無難な贈り物のひとつでしょうか。(そして、とても皮肉なことに、結果として、「ああ、あのひとは私のことをあまり知らない、か、特に気にかけていないということね」ということが伝わってしまうかも知れません…いや、それは商品券に失礼ですね、商品券には「商品券であるべきとき」がありますし。)
つまりターゲットを決めると、そのひとに喜んでもらえることは何なのかがわかる、決められる、というわけです。どんな製品やサービスにすればいいのか、どんなデザインが好まれるのか、どんな広告が響くのか。
ターゲティング。マーケティングを組み立てるうえで、無くてはならない、最重要の戦略的要素のひとつです。
ちょっと余談っぽくなりますが、実は、もしあなたのカテゴリに、あらゆるひとが絶対に使いたくなるイノベーションのチャンスがある場合は、ここ、あんまり悩まなくていいんですね。例えば、ITを中心としたサービスなどでは、今も「誰が独占的勝利を収めるか」争いがにぎやかですが、そういうことです。(まぁ、インフラやインフラに近いサービスはそうあるべき、という見方もありますが。)
私がかつて携わっていた日用品のカテゴリでも、そうですね、おおよそ1980年代後半くらいまでは、そういうイノベーションが不可能ではありませんでした。
私が社会人になる直前なので、もう35年以上前ですが、花王がアタックという洗剤を発売。文字通り「瞬く間に」No.1シェアを獲得しました。それまでの衣料用洗剤は、ひと箱4kgくらいの大きさでしたから、洗剤を買う日は他に重いものは買っちゃだめ、「特売!おひとり様2個まで」って言われてもどうせ2個しか持てない、そして、一回のお洗濯にコップ1杯分くらいの洗剤を入れなければならなかったのに対して、いきなり片手で持てる箱に入って「スプーン1杯で驚きの白さに!」ですから、誰もが買っちゃうわけです。
なので、ターゲットは、「洗濯する人みんな」でよかった。
しかし、世の中の多くのカテゴリで、そうした「誰もが欲しい・必要なイノベーション」が実現できなくなってくると、「誰に好きになってもらうか」(つまり誰には好きになってもらわなくてもかまわないか)を決めなければ、いい製品やサービスをデザインできない状況になって、この「ターゲットを決める」ことが必須になった、ということですね。
相手のことを知る、もっと知る
さて、本題に戻りましょう。この「誰に好きになってもらうか・誰と仲良くなりたいかを決める」作業、そして次に「そのひとに好きになってもらえる・もっと好きになってもらえるモノやコミュニケーションを開発する」作業が、まさにマーケティングの楽しいところなのだと思います。
誰に好きになってもらえば、誰と仲良くなれれば、目標とするビジネスが実現し、かつ、いいブランドになれるかを考え、決める仕事。
前の章で書いたように、この「ひととひと」(ブランドとお客さん)の間を行ったり来たりする作業です。
そして、「永く一緒にブランドを作り上げていくパートナー」として、ターゲットを決めます。(私たちはこれを戦略ターゲットと呼んでいます。)
そうするためには、このひとたちのことをしっかり理解しないといけません。
どんなひとが、どれくらいいるんだろう、どんなことが好きなんだろう、どんな風に生きている、どんな風に生きていきたいと思っているんだろう、何を探しているんだろう…。あのひとと、このひとは、一見違うように見えるけど同じようなことに感動するよね、こっちの彼とあっちの彼は、とても似ているようだけど、目指しているものが全然違うよね…、と。
ところで、いろんな方のお手伝いをしていて、わりとびっくりするのが、この「誰に好きになってもらうのかを決める」前に、ユーザーとノンユーザーに分けてしまうひと(会社)があまりにも多いことです。(そして!ノンユーザーさんたちをたくさん集めて、なぜ使わないのかを聞いてしまう!!!)
これをやってしまうと、その後、よほどの幸運に恵まれない限り、だだっぴろい荒野をさまよい歩くことになります。
例えば、5%シェアのモノで、使っていない95%のひとを「深く理解しよう」としても、そりゃ無理ってもんです。
順番が違うんですよ。
まず、好きになってもらいたいひとたちを決めて、使ってくれているひとたちに会いにいって、自分たちの仮説や目論見が正しかったかを確認し、(必要であれば戦略を修正し)、その次に、「好きになってくれるはずなのに、(まだ)好きになってない・使ってくれていないひと」について「考える」、というのが正しい順序です。
さて、同様にブランドや製品・サービスそのもの、その改良品や姉妹品、デザインや広告などを開発する際にも、ターゲットを深く理解することが要求されます。
ここはいよいよ「どんな贈り物が喜ばれそうか」を探る場面です。
前段でしっかり理解できていれば、わざわざ調査したりする必要はないとも言えるんですが、とはいえ、お会いすることで、改めて・新たに刺激を得られることもあるし、具体的に知りたいことがもっとはっきりしてきてたり、そして何より「いよいよ具体的なプレゼントを考えるぞ」という段階なので、自分の妄想だけで痛いプレゼントを用意してしまわないためには、相手に会いにいくのはとても有効だと思います。
また、長期的な戦略ターゲットの中で、(今、)特に大事なグループ(コアターゲットと呼んでいます)にとって、「すごく素敵」と言ってもらえるモノを開発する必要があったりもします。
彼ら・彼女たちが、今、どんなことに興味があるのか、最近どんなことを経験したのか、何が特に好きなのか、何に困っているのか、何を伝えると考えや思いが変化するのか、などを探っていくわけです。
そして、それをもとに「これならすごく喜んでくれるに違いない贈り物」=マーケティング活動を考える。
マーケティングは楽しいはずです
楽しいはずです。
マーケターは、年がら年中、自分のブランドから、ブランドのお客さんに贈るプレゼントを考え続けているわけですから。
(私は人づきあいが、かなり苦手です(あまりそう見えないらしいですが)が、この仕事は大好きです。)
〈追記〉マーケティングとは、自分の商品・サービスをことさらに良く見せようとする行為・作業・テクニックだと勘違いされていることが多いように思います。逆ですね。相手にとってうれしい贈り物を考え、作ることなんです。