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株式会社えとじや

マーケティングなんでも相談所

根底にあるもの 「ひとがひとに」
MARKETING
マーケティングはなぜ楽しいのか

根底にあるもの
「ひとがひとに」

文 岡本晋介・写真 松本卓也

マーケティングって、何する仕事?

 マーケティングとは?という定義みたいなことなんですが、実は、前職の期間中、20数年、そんなこと考えたこともありませんでした。
 考えなくても、当たり前の日々の仕事として、常に目の前に(大量に)積まれてましたし、部署としての役割や使命も明確で、しかも、結局、自分のブランドを伸ばすためにすべきことがあったら、それをやらないという選択肢はなかったので、考える必要はなかった。
 しかも、私の場合、マーケティングを学問として勉強したことがないので、改めて「とは?」みたいなことを考えるきっかけもありませんでした。
 ところが、(最初ひとりで)今の仕事をスタートすることにして、「えとじや」なんて看板を上げて、いろんな方々に会ってみて、かなりびっくりしたわけです。
 (今も、びっくりすることは多いですが)世の中、「マーケティング」という言葉が指すものが、あまりに様々で。広いとか狭いとかだけでなく。
 なので、自分の仕事を説明するのに、「マーケティングのコンサルです」では、何も言ってないに等しい、ないしは、かなり誤解されるんだ、ということにぶち当たったわけです。
 とある企業の社長さんにお会いしたとき、彼は、
 「マーケティング?いらんいらん。あんなもん金ばっかりかかって、うちみたいなとこでは、やってられへん」と。
 話を聞いてみると、彼は、タレントさんが出てくるTVCMを作って流すことだと思ってらっしゃったことがわかりました。また別の方は、
 「マーケティングか…。あいつらは金ばっかり遣って、数字こねくり回して、理屈こねて、結局、ひとつも売らへん、あかんあかん」と。
 どうやら彼は、分析やマーケティングリサーチのことをおっしゃっている。などなど…(大阪で聞いたのが良くなかったんじゃないか、という疑いは強く残りつつ…)。
 どうやら、「マーケティング」という言葉は、ひと・会社によって意味することがすごく違うし、少なくない確率でひどく誤解されているんだ、ということがわかったわけです。
 で、マーケティングって、結局、何なんだろう?ということを考えざるを得なくなった。
 さて、ググってしまえば、アメリカマーケティング協会の定義を筆頭に、立派な、よく練られた定義がたくさん出てくるわけですが、あくまで私なりに、と考えたのが、

ひとがひとにモノを買ってもらうこと(直接お目にかかれないのでXXで失礼します)

 というものです。(…)部分も定義に含んでます。
 いやはや、ツッコミどころ満載の、緩すぎる定義ではあります(例えば、それって、単に「商売」ってこと?とは言わない約束)が、私なりの結論として。
 ここで言うモノとは、物だけでなく、サービスなどの無形のものも含みます。
 買ってもらう、には、買い続けてもらう、を付け足したいところですが、長くなるので我慢。
買う=お金のやりとりには限らないのかも知れませんが、価値の交換とかいう難しいことばを使いたくなかったので、わかりやすく。
 (…)の中の「XX」には、様々なものが入ります。それは例えば、お店・店頭、広告、チラシ、サンプル、パッケージデザイン、商品コンセプト、製品の形状、価格、口コミも。「直接お目にかかれない」のが、わりとポイントだと思っていて、別にマスマーケティングに限るという意味ではないんですが、多くの場合、何らかの媒介「XX」を介してのやりとりなんだという意味合いです。
 また、「失礼します」も、大事なコンセプトだと思っています。いつも謝りなさい、下手に出なさいということではなく、でも「本来なら直接お会いしてご説明させていただくべきところですが」という謙虚な態度というのは、わりと大事だという経験則、ですかね。あるいは、会って話せばわかるのに、とか、これだけちゃんと説明したんだからわかるはずだ、聞いてないやつが悪い、などという言い訳・逃げを排除するという意味合いもあります。
 で、一番大切なのが、「ひとがひとに」という部分です。
 自分自身、経験してしまっていることでもあるんですが、ここを忘れがちだよなぁ、でも、本質はここだよなぁ、という。

ひとがひとにモノを買ってもらうこと(直接お目にかかれないのでXXで失礼します)

 昔、広告会社さんに遊びに行ったときに、黎明期のTVCMというのを見せていただいたことがあるんです。
いわゆる昭和の名作と言われるようなものではなく、普通に流れていたCMたち。でも、捨てられずに運よく残っていたフィルムたち。
 そこでは、驚くほど多くの広告で、例えば社長さんご自身が出てきて、「弊社のXXをよろしくお願いします」って言うのを目にしました。
 で、思ったわけです、そうなんだよね、そもそもそういうことなんだよね、と。
 自分(たち)が作った商品を、ひとりでも多くの方にご紹介して、知ってもらって、できれば試していただき、ご愛用いただきたい、ということなんだ、と。
 「これ、私が作ったんです。こういう良さがあって、こういう風に便利で、こういう方に、こういうお困りごとがある方に、こんなことをやってみたい方に、ちょうどいいと思って。どうでしょう?ぜひ、お試しいただけませんか?すいません、高いところ(電波・ブラウン管)から。本来なら直接お会いして、ご説明すべきところですが。いかがですか?」
 仕事としてのマーケティングって、実は、仕事の対象=お客さんに直接お会いする機会が少ない仕事です。そして、間にいろんなものが挟まっています。
 バリューチェーン・モノの流れとしても、コミュニケーションの流れとしても、そして、製品の開発などの経緯や、調査とその結果、数字、お金、そして、数多くの利害関係者や会社・組織・団体なども。

「ひとがひとに」

 しかし、その向こうには、生身の「ひと」がいる。
 5%シェアという数字の向こうにはお客さんがいて、お客さんの生活がある。
 クリックしたのは、数であると同時に・以前に、「ひと」の行為。
 忘れてしまいがちなんですが、突き詰めると、「ひとがひとに」なんだと思います。
 テクニックとして、自分をことさらに良く見せようとしたり、ごまかそうとしたり、(強い悪意はなくても)ちょっとだましちゃおうと思ったり、少し脅してやろう、焦らせてやろう、としたり、こんなもんでいいかなと思ったりしたとき、そうしたことは、びっくりするくらい相手に伝わってしまいます。
 それは、ひととひとの間に起きることだから、なんだろうと。ひとがやっていることなので、ひとはそれを敏感に感じとるんだろうな、と。
 なので、マーケティングという仕事(の大切な部分)は、作り手・売り手である私=「ひと」が、お客さん=買ってくれる「ひと」のことを知る、理解する、なんとかわかろうとする、という行為なのだと、私は思うわけです。

〈追記〉ところで、実はここだけの話、以前、音部大輔さんが、「Marketingは、マーケティングと訳さずに、市場創造(市場を創造する仕事)と訳すべきだ(った)」とおっしゃっていて、あら、いやぁ、そっちのほうがいいなぁ、かっこいいなぁ、と思ってたりもします。