1.「木を見て森を見ず」
ちまたにはマーケティングに関するデータ分析についてのHow‐to本がたくさんありますが、私はマーケティングの分析に「誰でもこれさえできれば大丈夫!」といったお決まりの手法があるとは思っていません。むしろ、分析の目的や手持ちのデータに応じて柔軟に考えないといけないのではないか、と思います。
とはいえ、データ分析を観察していると、「データを読むの上手だな~」という人と、「え…そんな見方するの?どうしてその結論に??」という人の違いは明白。何をどう見て、どう解釈するかには、やはり“コツ”がありそうです。
ここでは、「そういうことあるよね~」とか、「ついやっちゃうよね」という、頭でわかっていてもうっかり陥ってしまうデータ分析のワナをいくつか紹介してみます。
マーケティングにおけるデータ分析のコツは、難しい分析手法やフレームワークを知っていることではなく、いかにこれらのワナにはまらず取り組めるかではないかと思うので、陥りがちなパターンを知って、「そういえば、あの時私もやっちゃってたかも」と気付くことが、コツ体得への近道になればよいなと思います。
ではさっそく、〝データを見る時の視点〟に関して、よくあるパターンから。
よくあるパターン①:「木ばかり見て森を見ない」
〝担当商品の売上が伸びているのでマーケティングが大成功だと喜んでいたら、実は市場規模が伸びていただけだった〟という経験はありませんか。ひとつの指標にとらわれて、全体像が見えていない典型例です。(この場合だと、売上増加はマーケティングのおかげだとは言い切れません。むしろ市場拡大より伸びが小さくて、シェアは下がっていた、ということもありえます。)
「ターゲットに高評価なので商品を出したのに、そもそもターゲットが少なすぎて売上が上がらなかった」とか、「好調だと信じていた指標が中長期的に見ると実はゆっくりと着実に下がっていた」などもよく聞く話ですね。
視点が変わると見えるものが変わり、結論も変わります。
データ分析というと、私たちはなぜか細かいことに一生懸命になりがちですが(〝データ分析が得意な人〟と聞くと、粘り強く細かいことが好きなちょっとおたくっぽい人を想像してしまいませんか?笑)、分析にはなによりもまず「俯瞰する力」が必要です。
全体を見渡したうえで、いろいろな角度から市場で起こっていることの全体像を理解できるか、ということです。“深掘り”はもちろん必要ですが、いつでも全体像に戻れる視点の高さと冷静さが大事です。
よくあるのが、ちょっとしたデータの変化…例えば、時系列で見ているデータが突然ポンと上がっている(下がっている)のを見つけたり、他と比べて売上の高い(低い)エリアを見つけたりすると、一気にそこに集中してしまうこと。特長のない数字が並んだ表を見ているときにこんな変化があれば、「見つけた!」という感じでついテンションが上がってしまうのですが、そこを深掘りする前に我に返って、「それって本当に重要な変化なのか?」、「そのエリアは全体の売上の何%なんだろう?」、と自問するクセづけが必要です。よく見てみると、ビジネスウエイトが小さくあまり重要ではない場合が多いのです。それを確認せずに深みにはまると、無駄に時間を使ってしまうだけでなく(そのくらいならまだよいのですが)、間違えた結論を導いてしまうこともあります。
珍しい〝木〟を見つけるとついついどんな葉なのかどんな枝なのか、細部ばかりに気を取られてしまいがちですが、それらを観察する前にまずは“森”を認識すること、どんな場所にあるどんな森なのか、他にどんな木が生えているかを知っておくこと、自分は森のどこにいるのかを常に意識しておくこと、が重要になります。「木を見てるうちに森にいることを忘れていた」ということのないように。
極端な例をひとつ。
「Aさんは自社のブランドZから発売された新商品の担当です。売れ行きを確認するためには、コンビニでの売上を見ることになっているので、Aさんも、担当商品のコンビニでの売上金額を競合のブランドXと比較。コンビニのデータは、毎月自動的にレポートされるので、これを見るのが習慣化しています(なので、その他の数字を見る機会がありません)。発売してから、毎週、新商品は競合Xよりも売上が高かったので、順調だと安心しています」
一見、データを使ってしっかり分析をしているように見えますが、ここには全体像が見えていないがゆえの落とし穴がいくつもあります。
❶もしかすると、新商品の売上は伸びていても、既存品と食い合ってブランドZの全体の売上は伸びていないかもしれません。それではブランドとして成功とは言えませんよね。さらに言うと、ブランドZ全体の売上が伸びていても他の自社ブランドと食い合っているかもしれません。もしそうなら、新商品が売れていたとしても、安心しているわけにはいきません。まさかAさんも、「だって、私の担当じゃないもん」とは言わないでしょうが、であれば、同時にブランド・自社全体の売上も分析しておくべきでしょう。
❷そもそも、チャネル構成を見るとコンビニはそんなに重要でないかもしれません。あるいは、「売れ行きの判断のためにはコンビニを見ればいい」ということ自体も疑ってみる必要があるかもしれません。確かに、自社で扱う商品や流通チャネル・エリアの種類が多くデータが膨大な場合、売れ行きの判断に、ある特定の商品と特定のチャネルの組み合わせ(例えば、“首都圏コンビニでのトライアルサイズ”のような特定セグメント)を見ることがあります。その場合、本来であれば、なぜそのセグメントで判断するのか、そのセグメントはどの程度のビジネスウエイトなのか、本当に全体の動向を反映しているのか、を知ったうえでデータを見ないといけないのですが、どうやら、「昔からそうしてきたから」とか「一般にそう言われているから」と言う理由で盲目的に使い続けられることも多いようです。立ち戻って全体を見渡すと、すっかり状況が変わっているかもしれません。また、「コンビニは、若い人が買うことでトレンドを作りだしているんだよね」とか言う「根拠の無い一般論」は、自社の経験やデータなどで確認できないかぎり、疑ってかかったほうがいいでしょう。
❸もしかすると、競合のブランドXばかり見ている間に、ブランドYがNo.1になっているかもしれません。競合と携帯電話の売上を争っていたら世の中スマホに変わっていたり、ビールで争っていたら発泡酒が出てきたり、コーヒーショップ市場で争っていたらコンビニコーヒーに取られていたりと、マーケットは変わります。市場全体の流れを見ていないと、正しい競合を設定できません。(ちなみに、「競合を正しく設定すること」は意外に難しく、設定を間違えると市場の動きに置き去りにされて機会を逃したり、戦略を間違った方向に変えてしまったりと大変なのですが、これは、また別のセクションでまとめます。)
Aさんが新商品は成功だと安心している間に、打つべき手はたくさんあったかもしれません。
これは完全フィクションですが、少しは思い当たる節があるのではないかと思います。
分析においては、俯瞰をして、自分が見ている指標はいったい何を意味するのか、注目しているセグメントのビジネスウエイトは十分に大きいか、ベンチマークは適当か、などを常に念頭に置いておかないといけません。もとより、分析の目的(何のための分析か)をしっかり考えてからデータを見るというのは大前提です。
細かいところに気をとられて全体像を見失ってしまうのは、分析をする人のスキルの問題でもありますが、会社の組織構造による場合もあるように思います。部署や担当ブランド、担当カスタマー、担当エリアなどが細分化されている場合、自分の担当の商品(もしくは担当のお得意様、担当の地域)以外の情報が手に入らなかったり、責任がないので興味がわかなかったりと、全体を把握することを難しくしているケースもあるのでしょうね。
まずは、データを見るときの視点のお話でした。
次は、データの解釈・理由づけに関しての「あるある」を紹介したいと思います。